続・東京鉄道遺産11 京成電鉄 寛永寺坂駅跡と東臺門
2021年 09月 04日

上の写真は、都道319号線(寛永寺坂)
上野桜木二丁目の交差点で、
また谷中霊園の入り口にあたり、
「徳川慶喜公墓所入口」の案内標示もある。
写真右側のコンビニ店舗の場所に
「寛永寺坂駅」があった。
京成上野~日暮里駅間2.1キロのうち、
上野側の1.4キロは地下になっている。
寛永寺坂駅は、
京成上野日暮里間が開業した
昭和8年12月10日に「博物館動物園駅」と
ともに地下駅で開業した。
そして、昭和22年(1947)に休止、
その6年後に廃止された。
駅の地上建物は、
当時のまま倉庫として使用されていたが、
2015年末になくなった。
現在、それを示すものは何も残っていない。

コンビニの裏手に回ると、
駅の一画にあった「国威宣揚」と記された
これが唯一の駅の痕跡を残すものとなった。

側面には、
「昭和十六年十二月八日」と刻まれている。
この日は、太平洋戦争が勃発した日である。
このひとつで、
当時の駅がどんな環境にあったかが
想像できる貴重な遺産ではなかろうか。
国旗掲揚台から
駅跡の裏手にあたる住宅地の中を進むと、
地下に延びる線路が見える。

このトンネルは通称「上野トンネル」
と呼ばれている。
トンネル入り口の上に
「東臺門」と記された扁額が
掲げられている。

当時の社長本多貞次郎氏の
揮毫による文字で、
茂ったツタで字が読み取れないが、
微かにそれらしい文字が見える。
上野台地は寛永寺の山号東叡山で、
神聖な土地と考えられていた。
それで、東の神聖な台地の入り口として
東台門と名付けられた。
台は旧字体「臺」でしたためられた。

上野駅を出発して、上野トンネルを抜けると
JR線路を跨いで日暮里駅に至る。
このJR線は、山手線、京浜東北線、
上野東京ライン、東北本線、常磐線の
5路線の計10線ある。
寛永寺坂駅と同時に開業した
「博物館動物園駅」は、
当ブログの「東京鉄道遺産19
京成本線博物館動物園駅跡」
(2018年8月21日公開)
で紹介しているのでご参照ください。
前回訪ねたきは、
改修工事がおこなわれていたので、
今回再度尋ねた。

改修工事中の足場や覆いが取れて、
きれいな駅舎の全景が見ることができた。

工事中は見ることができなかった
門戸のデザイン。
現在この建物は
国の登録有形文化財に指定されている。
今回参考した文献
「鉄道遺産をゆく」 安保裕耶著、イカロス出版
「東京消えた駅全97駅」 中村健治著、イカロス出版
「東京の鉄道名所さんぽ100」 松本典久著、成美堂出版
ほか
画像追加(2024.3.24)
トンネルの扁額「東臺門」を撮り直しをしたので
画像2枚を追加掲載します



