砂町を愛した俳人 石田波郷

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 小名木川に架かる進開橋の南詰の北砂緑道公園の入口に、写真の石碑が建っている。石碑には次の2句と経歴が刻まれている。
  『雪敷ける町より高し小名木川』
  『砂町も古りぬ冬日に温められ』

 石田波郷は1913年(大正2)3月生まれだから、今年で103年になっている。したがってこの石碑は3年前に建ったことになる。


 石田波郷は、愛媛県松山市の出身で、昭和21年に現在の江東区北砂2丁目付近に転居し、約12年間住んでいた。
 終戦後の見渡すかぎり焼け野原の東京を見て波郷は、「焼け跡を詠むしか仕方がないではないか」と語ったという。この時代のありのままの砂町の風景を詠んだ波郷の句は「焦土俳句」といわれた。
 昭和32年から33年まで、読売新聞江東版に「江東歳時記」を連載された。これは、昭和41年に単行本になっている。
 石田波郷の記念館が、江東区砂町文化センターに開設されている。
 以上は、記念館のリーフレットからの引用でした。


 東京に転居するまでは、石田波郷のことは全く知らなかった。
 読売新聞で石田波郷のこと、江東歳時記のことが書かれていたのを知っていたが、よく読んでいなかった。また、知ろうとしていなかった。
 先日、図書館で石田波郷記念館のリーフレットを持ちかえり、よく読んで、石田波郷のことがわかった。

 今日は、たまたま、石碑の前を通ったので写真を撮った。
 近いうちに、記念館に行ってみよう。砂町文化センターは、砂町銀座のそばにあるので、小腹空かして・・・・・・。




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by ken201407 | 2016-10-01 22:17 | 歴史散策 | Comments(0)

徒然にデジカメで撮った写真を掲載します。


by ken201407
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