辰巳の花街を訪ねて


 かって繁栄した辰巳の花街をたずねた。

 深川は、江戸城から見て辰巳の方角になることから「辰巳」と呼ばれたそうだ。
 そして、深川で活躍した芸者のことを辰巳芸者と呼ばれた。「芸は売っても体は売らない」が身上で、「意気」と「張り」を看板にして評判となった。

 深川・門前仲町の花街を支えたのは、木場の材木問屋の旦那衆でした。木場の移転と衰退で深川の花街の火は消えてしまった。

 現在、古い街と新しいビルが立ち並ぶ街の混在した街のなかに、昔の面影を探して歩きました。

 「辰巳」の名がつく町名はありませんが、「辰巳新道」という処がありました。
 永代通から北側へ二つ目の通り、深川不動尊・富岡八幡宮への参道沿いにある一角の飲み屋街です。
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   (辰巳新道入口の道標)
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    (辰巳新道入口の店並み)
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    (辰巳新道内の店並み)

 永代通と大横川の間の裏通りにも、かっての花街のにおいが残っていました。
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 門前仲町周辺は、戦災で戦前の建物はなくなり、深川の花街も、普通の飲み屋街になっていました。

 江戸時代、門前仲町交差点付近に火の見櫓がありました。櫓下の表櫓と裏櫓が花街でした。この櫓のレプリカが、黒船橋傍に建って、いまも深川一帯の繁華街を守っています。
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by ken201407 | 2016-08-06 17:39 | 街歩き | Comments(0)

徒然にデジカメで撮った写真を掲載します。


by ken201407
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