鬼平ゆかりの地を歩く~目白私邸ほか

  3回目の今回は、「むかしの男」(3巻)、「隠居金七百両」(7巻)の2話をベースに、護国寺⇒雑司が谷鬼子母神⇒南蔵院⇒目白台⇒目白坂下へと廻りました。

  「むかしの男」では平蔵の妻・久栄が、「隠居金七百両」では長男・辰蔵を物語の中心となり、護国寺前、雑司が谷鬼子母神、目白台私邸が舞台となります。


1 護国寺と寺の門前
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  『神齢山・護国寺は、音羽町(現・文京区音羽二丁目)の北にある。
  この寺は、真義真言宗・豊山派の大本山で、五代将軍徳川綱吉の生母・桂昌院のねがいによって建立されたという。』
と、護国寺について「むかしの男」(3巻)に書かれています。
  護国寺そのものが舞台にはなっていませんが、寺の前が舞台になっています。

 寺の門前について、『当時、このあたりは江戸市中を外れた旧小石川村のおもかげが濃厚であって、門前につらなる茶店や茶屋もわらぶき屋根が多く、近藤勘四郎が久栄に指定してよこした〔よしのや〕という茶店は、護国寺前の道の西端、西青柳町の子育て稲荷のとなりにあった。』と「むかしの男」に書かれています。 
 
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 切絵図には護国寺の前の西側に子育て稲荷社がありますが、今は、どこかに移されたのか見当たりません。
  子育て稲荷や〔よしのや〕のあたりは、首都高速5号池袋線の出入口となっています。 
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2 雑司が谷鬼子母神
  「隠居金七百両」(7巻)で鬼子母神について、次のように書かれています。
  『雑司ヶ谷の鬼子母神は法明寺の支院で、本尊の鬼子母神は求児・安産・幼児保育の〔守護神〕である。
  雑司ヶ谷は、当時、江戸市中の西郊・豊島郡・野方領だ。
  ものの本に、
「・・・・・常に参詣の人絶えず。よって門前の左右には貨食屋・茶店、軒をつらね、十月の御会式には、ことさら群集絡繹として織るがごとし。風車、麦わら細工の獅子、水飴をこの地に名産となす」』

  下の江戸名所図会で見ると当時の様子がよくわかります。
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  境内に接する茶店・料理茶屋は鬼平犯科帳のなかでよく登場します。
  「むかしの男」で茶店〔みょうがや〕、「隠居金七百両」では茶店〔笹や〕、そして「雲竜剣」(15巻)で料理茶屋〔橘屋〕忠兵衛などがあります。
  それぞれの場所について、
〔みょうがや〕・・・『雑司ヶ谷の鬼子母神・門前町』
〔笹や〕 ・・・ 『鬼子母神の参道〔一ノ鳥居〕の手前の右側にある』
〔橘屋〕 ・・・ 『鬼子母神の境内に接している(中略)、鬼子母神参道から西に切れ込んだところ』
と書かれています。
  〔橘屋〕は実在した店で、江戸市内の買い物や飲食関連の商店を紹介する「江戸買物独案内」に掲載されていました。
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  この日から夏市が始まっていました。境内には露店が所狭しと並んでいましたが、小雨のぱらつく平日の昼間のせいか参詣者はまばらでした。
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  下の写真は鬼子母神の参道に入った辺りです。奥を左に曲がると、本殿が見えます。右側に〔笹や〕、左側が〔橘屋〕の場所になるのではと思いながら、周りを眺めつつ歩きました。
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  「隠居金七百両」は、辰蔵が熱を上げている鬼子母神の茶店〔笹や〕娘・お順が誘拐される現場を、偶然、目するところから物語が展開していきます。


3 旗本・阿部亀七郎の屋敷
  『目白台から程近い高田四家町に住む旗本・阿部亀七郎の次男・弥太郎は、(中略) 辰蔵より三つ年上で坪井道場の同門であっても、二人とも、あまり剣術の才能がなく』と隠居金七百両の書かれている。阿部弥太郎は、辰蔵の悪友である。
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  写真は、高田四家町(現・墨田区高田一丁目)の阿部亀七郎屋敷とされた場所で、嘉永江戸切絵図では阿部伊勢守の中屋敷として描かれています。
  右側の奥に伸びる小路は「宿坂」で、江戸と鬼子母神の茶店〔笹や〕とを往復するが、この道を通ったようです。


4 南蔵院
  宿坂を下ったところに南蔵院があります。
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  『南蔵院という寺の山門から躍り出した二人の男が、お順へ飛びかかり、当身を食らわせ、気をうしなって倒れかかるお順を担ぎ上げ、たちまちに姿見橋を向うへわたり、木立の中へ姿を隠してしまったのである。』(7巻「隠居金七百両」)とお順の誘拐現場として書いています。
  辰蔵が助成を頼んだ弥太郎と落ち合ったのは南蔵院門前で、誘拐した盗賊の奈良山の与市から弥太郎が襲われる場面も南蔵院門前です。

  南蔵院は、明治の落語家・三遊亭円朝の名作「怪談乳房榎」の舞台となったお寺です。


5 長谷川平蔵の私邸
  目白台の私邸について、物語の中で次のように書かれている。
  父・平蔵が火盗改方に任じ、母・久栄と共に清水門外の役宅で暮らすようになってより、辰蔵は目白台の私邸で妹の清と留守をうけたまわっている。(中略)
  「辰蔵。お前は目白台の屋敷の主と思え。おれのかわりに留守を責任を負うのだ、よいか。」と、長谷川平蔵は、かねてから、きびしくいいつけてあるのだが』(7巻隠居金七百両)
  『現在の長谷川屋敷には、用人一人、若党三、中間四、下男二、それに飯たきの老爺と下女三名、合わせて十四名の奉公人がいるのみであった。
(3巻「むかしの男」)

  目白台には先手組組屋敷が配置されていたところで、現在の目白台図書館(文京区関口三丁目)前から北側になります。長谷川平蔵の私邸はここに設定されています。
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  写真右端に植え込みは目白台図書館です。
  中央から右奥に伸びる道は鉄砲坂です。この先から急な下り坂になります。


6 音羽通・目白坂下
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  写真は音羽通の目白坂下交差点です。 
  『阿部弥太郎が道場の帰途、音羽九丁目の岡場所(私娼のいる遊所)へ案内し、辰蔵の童貞を破らしめた。
  これよりのちの辰蔵は、剣術の稽古なぞ、』
と「隠居金七百両」に書かれている音羽町九丁目(現・文京区関口三丁目)は、音羽通の左側一帯(写真正面のビル群)になります。


7 雑司ヶ谷音羽絵図
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8 今回のコース
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  約5.5kmの距離で、約3時間半の行程でした。
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by ken201407 | 2015-07-10 13:04 | 鬼平犯科帳 | Comments(0)

徒然にデジカメで撮った写真を掲載します。


by ken201407
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