人気ブログランキング | 話題のタグを見る

鬼平ゆかりの地を歩く 2 ~ 坪井道場、組屋敷、戒行寺周辺

  2回目の今回は、長谷川平蔵が長男辰蔵を入門させた市ヶ谷佐内坂の坪井主水道場、四谷坂町の御先手組・組屋敷、長谷川平蔵の菩提寺・戒行寺とその周辺を訪ねました。


① 念流・坪井主水道場とその周辺
鬼平ゆかりの地を歩く 2 ~ 坪井道場、組屋敷、戒行寺周辺_b0338976_7332392.jpg
  長谷川平蔵がその人柄を見込んで長男・辰蔵を入門させた坪井主水道場。その場所は、「田町一丁目の角から右へ、左内坂がのびている。この坂を上がった右側に坪井主水の道場がある。(7巻「泥鰌の和助始末」)と記されている。
  この坂道は、江戸時代初期に坂上周辺の町家とともに開発された。名主島田左内が草創したので町名を左内町と呼び、坂道も左内坂と呼んだ。(現地案内標より)
  現在は新宿区市谷左内町で、JR市ヶ谷駅から外堀通りを渡ったところが左内坂の入口です。

  また左内坂には、 平蔵は用意の喜楽煎餅を出しクマにあたえた。この煎餅は市ヶ谷左内坂上の菓子舗〔桔梗屋宗兵衛〕方で売り出しているもので、糯米を薄く軽く、亀の子の形に焼き上げ、上質の白砂糖を刷いてある、平蔵の好物だ。
  同じ市ヶ谷の坪井主水の道場へ剣術の稽古に通っている平蔵の長男辰蔵が、道場の帰りに、よく喜楽煎餅を買ってきてくれる。
(9巻「狐雨」)がある。

  外堀通り沿いに面した市谷田町には、賊に押し込められた薬種屋・小田屋孫兵衛(6巻「狐火」)や料理屋江戸清(21巻「春の淡雪」)、鰻屋・喜田川(7巻「泥鰌の和助始末」)などが登場している。
鬼平ゆかりの地を歩く 2 ~ 坪井道場、組屋敷、戒行寺周辺_b0338976_812926.jpg
  手前はJR中央本線と外堀、その向こうが市谷田町で、左奥に市ヶ谷橋が見えます。


② 市谷亀岡八幡宮とその周辺
鬼平ゆかりの地を歩く 2 ~ 坪井道場、組屋敷、戒行寺周辺_b0338976_827332.jpg
  文明10年(1478)に太田道灌が江戸城の西の鎮守として、鎌倉の鶴岡八幡宮を勧請したのが起源とされ、かっては市ヶ谷八幡と呼ばれた。
  また、鶴亀の対比で「亀ヶ岡八幡宮」とも言われました。
  広重の「名所江戸百景」にも描かれています。2月19日更新の「広重『名所江戸百景』めぐり~早稲田・神田川中流」で、紹介していますので参照してください。 

  物語の中で亀岡八幡宮は直接舞台となって登場していないようですが、境内の茶店が登場します。
 平蔵がおまさをみちびいた場所は、市ヶ谷八幡宮境内にある〔万屋〕という料理茶屋の〔離れ〕であった。ここは平蔵なじみの茶屋だ。(6巻「狐火」)
鬼平ゆかりの地を歩く 2 ~ 坪井道場、組屋敷、戒行寺周辺_b0338976_9271340.jpg
  写真右側のビルとビルの間を入ると市谷亀岡八幡宮で、その左右のビルの並びに茶屋が並んでいたようです。


③ 御先手組・組屋敷
  火盗改メの役宅は江戸城・清水門外にあって、この役宅内の長屋にも、たとえば木村忠吾とか、小柳安五郎のような同心が住んでいるけれども、与力・同心の大半は、四谷の坂町にある御先手組の組屋敷の長屋に住み暮らしているのだ。8巻「流星」)と、組屋敷について書かれています。
  四谷の坂町は、現在の新宿坂町で、靖国通りから入ったところです。 
鬼平ゆかりの地を歩く 2 ~ 坪井道場、組屋敷、戒行寺周辺_b0338976_1074551.jpg
  このあたりが坂町だ。狭い小路が縦横に幾筋か伸びている。その一区画が当時の与力・同心の屋敷(長屋)を連想させる。

  小路を抜けてゆくと、「新宿歴史資料館」がある。
鬼平ゆかりの地を歩く 2 ~ 坪井道場、組屋敷、戒行寺周辺_b0338976_10134254.jpg
  新宿の歴史と文化を紹介しています。常設館では江戸時代の街並みを模型で紹介しています。


④ 於岩稲荷神社
  四谷といえば連想する次の言葉は「怪談」。四谷怪談のお岩さんの於岩稲荷神社があるので、少し回り道した。
鬼平ゆかりの地を歩く 2 ~ 坪井道場、組屋敷、戒行寺周辺_b0338976_1051641.jpg
  ここは田宮家の屋敷内にあった社で娘お岩が信仰し、家勢を再興したことから「お岩さんの稲荷」として人々の信仰を集めた。稲荷社は明治12年に焼失し、中央区新川に移転しました。昭和27年に四谷の旧地(現在地)にも神社を再建した。(現地案内板より)
 
  神社の斜め前のお寺にもお岩稲荷の旗が立っています。ここは「於岩稲荷陽雲寺」といわれている日蓮宗のお寺で、お岩様の木造が安置されており、境内にお岩様のゆかりの井戸があります。ここでは縁結び祈願をしています。


⑤ 戒行寺
  戒行寺は長谷川家の菩提寺で、寛政7年、50歳で病没した長谷川平蔵はここで葬られていました。
鬼平ゆかりの地を歩く 2 ~ 坪井道場、組屋敷、戒行寺周辺_b0338976_11183639.jpg
  現在は墓はなく、代わりに供養碑が建っています。
  平蔵の父宣雄や安倍式部信旨など5人の火付盗賊改も葬られています。


◎ 四ツ谷見附付近
鬼平ゆかりの地を歩く 2 ~ 坪井道場、組屋敷、戒行寺周辺_b0338976_1715270.jpg
  新宿通りを新宿方面に向かって左側は四谷伝馬町一丁目(現・四谷二丁目)になる。
 1巻「老盗の夢」などに出てくる盗人宿の「貸座敷玉や」、8巻「明神の次郎吉」では直前に平蔵と密偵が計画を察知し取り押さえるが、押し込みに狙われた大店「薬種問屋・橋本屋勘左衛門」などが舞台となったところです。

鬼平ゆかりの地を歩く 2 ~ 坪井道場、組屋敷、戒行寺周辺_b0338976_17261572.jpg
  外堀通りに面した四谷御門外(現・本塩町、四谷一丁目)には菓子舗・加賀屋仁助(8巻「流星」)、蝋燭問屋・三徳屋治兵衛(1巻「老盗の夢」)、菓子舗・福本屋(22巻「迷路」)が設定されたところです。

鬼平ゆかりの地を歩く 2 ~ 坪井道場、組屋敷、戒行寺周辺_b0338976_17303718.jpg
  現・四谷一丁目に新宿通りと並行する飲食店街「しんみち通り」があります。
  細い通りの両側に、居酒屋やアジヤ・南米料理などの店が並んでおり、その中に「鬼平」と書いた提灯がブラがった居酒屋がありました。

鬼平ゆかりの地を歩く 2 ~ 坪井道場、組屋敷、戒行寺周辺_b0338976_17401532.jpg
  JR四ツ谷駅前に四谷門の石垣が一部残されています。


◎ 江戸切絵図
市谷牛込絵図
鬼平ゆかりの地を歩く 2 ~ 坪井道場、組屋敷、戒行寺周辺_b0338976_15184498.jpg
① 坪井主水道場
② 市谷亀岡八幡宮

千駄ヶ谷鮫ヶ橋四ツ谷絵図
鬼平ゆかりの地を歩く 2 ~ 坪井道場、組屋敷、戒行寺周辺_b0338976_1519646.jpg
③ 御先手組・組屋敷
④ 於岩稲荷神社
⑤ 戒行寺



◎ 本日の歩いたコース
鬼平ゆかりの地を歩く 2 ~ 坪井道場、組屋敷、戒行寺周辺_b0338976_21301999.jpg
  約4.5Kmのコースでした。
  左内坂をはじめ、坂町坂、戒行寺坂、鉄砲坂、鮫ヶ橋坂などと坂の多いコースでした。
  前回は雨にあいましたが、今回は天気に恵まれました。

 
by ken201407 | 2015-06-26 16:06 | 鬼平犯科帳

徒然にデジカメで撮った写真を掲載します。


by ken201407
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31